第14話 東北の歴史へのこだわり

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東京でも、京都でもなく、東北に

 

日本語を覚えてサラリーマンになるはずでした。

私が大学に入学した1971年のオーストラリアは、今と全く違っていて、日本語ができる人はほとんどいませんでした。オーストラリアにとって日本は最大の貿易相手だったため、日本語を勉強すれば、サラリーマンになって高い給料をもらえるのではないかという幻想を抱いて進学しました。最初は文学部と経済学部の両方で学位を取ろうと考えていたのですが、数字が苦手だったのでほどなく経済学部は断念(笑)。高給取りのサラリーマンへの幻想はついえたものの、せっかく日本語と日本文化を勉強したのだからと、当時の文科省が募集していた外国人留学生奨学金の試験を受け、国費留学生として日本に来ることになったのです。

当時国費留学生は少なく、ほぼ希望通りの大学へ行ける時代でした。ほとんどの留学生が東京大学や京都大学を希望していた中、なぜ東北大学を選んだのか。東京に行ったら東京中心のものの見方しかできなくなりますよね。京都にいる外国人が日本を過度に理想化している姿を見て、これも違うべなと。だからそんなバイアスがかかった日本じゃなくて、ナマの日本を見てみたかった。それに、当時ハードコンタクトレンズをしていたので空気が汚いところは拷問だったから(笑)。

であれば東北しかないと決めました。

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東北の歴史を探り始める

 

私が当時オーストラリアで読んだ日本史の研究書には東北の歴史についての記述がほとんどありませんでした。特に近世は「伊達騒動」だけ。明治維新期に東北の諸藩は、西の諸藩に対して「後進的」と思われていたから研究対象として避けられていたのかもしれません。であればそこを探ってみようかと。歴史研究の穴場だから。でも、明治維新研究の壮大なマルクス理論を打ち立てている人たちには歯が立たず、尻込みしてしまった(笑) 。

私が江戸時代の仙台藩を研究テーマにしたのはこれがきっかけ。それに、江戸時代は自分がまだ探っていない世界だったから。

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外国人留学生初の論文

 

1974年に東北大学大学院文学研究科に入り、博士前期課程、後期課程へと進んだものの、なかなか納得できるような成果は出せずにいました。アメリカの大学で日本語を教えるという機会もあったため、アメリカに4年ほど行ってましたが、その間もずっと論文を書き続けていました。

論文は1986年に通りました。戦後、外国人が日本の国立大学文学部で通した初めての博士論文となり、それまで不可能だと言われていたものに風穴を開けた感じです。でも私がすごかったんじゃないんです。論文を書くのは簡単ではありませんでしたが、私の指導教官や同じ研究室の教官が一丸となり、東北大学の他の教授たちも私の研究のその価値、つまり、それまで誰も知ることのなかった東北の歴史研究を認めてくれたということなのだと思っています。

45年前に私が自分の研究を始めた時は、ほとんど奇人扱い(笑)。研究室で仙台藩のことを研究していたのは私一人だけ。それが、いつの間にか仙台藩の研究は当たり前になりました。でも私が東北の歴史を変えたということではありません。東北の歴史は昔からきちんとここにあった。

こだわると見えてきた、他に誇れる歴史です。

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実は外国人に対して拓かれた地域

 

宮城県民でこれを知っていたら超マニアなのですが、2007年に知事が日本で初めて『多文化共生社会形成推進』の条例を制定しました。前の年に総務省が「多文化共生して外国人と仲よくしましょう」という旗振りをしたのです。私は宮城県の多文化共生の形成の推進に関する条例の制定に関わっていました。その条例は日本で初めて外国人との関わりを定めたものでした。それが現在までも存続しているということ自体、宮城県民として誇れることです。あまり知られていませんが、多賀城市内のある公民館では、外国人技能実習生と地域の人たちが交流するといった全国的に見ても先進的な取り組みが行われています。

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多賀城での美味しい暮らし

 

多賀城には1990年に仙台から引っ越して来ました。もう30年になります。女房は臨床心理士として病院に勤務しているのですが、子供が生まれたのをきっかけに、女房の職場の近くに住んで彼女が通いやすいようにしました。多賀城は実際に住んでみるとすごくいい。仙台の郊外から仙台駅に行くよりも、多賀城駅から仙台に行く方が圧倒的に近くて便利。成人した今も、うちの子どもたちは「都会に住みたくない」とはっきり言うんです。都会には緑がないし、空気が汚いし、人に酔う。そういう点で多賀城は子育てするのに本当に良いまち。そして、多賀城には美味しいお店がたくさんあります。MURATAのお菓子が特にお気に入りです。私の元気のもとです(笑)。

J.F.モリス/1952年オーストラリア生まれ。オーストラリア国立大学アジア研究学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士前期・後期課程。文学博士。宮城学院女子大学教授。著書に『近世日本知行制の研究』、『仙台藩「留主居」役の世界 武士社会を支える裏方たち』など。